気になるはなし

村には、読みや由来がユニークな地名があり、その一部を紹介します。

・「山刀失(なたうしない)」別府地区の地名で、うっそうとした藪地で鉈をなくしたことが由来とされています。「鉈」ではなく、より厚い刃の「山刀」とすることで、より当時の様子を表現しています。

・「足算瀬(あしかんぜ)」万江の地名で、両手では足りず、足の指まで使って魚を数えるほど魚が沢山捕れたことが由来とされ、「算=かんぜ」という球磨弁で表現された自然の豊かさを表した地名です。

戦後間もない昭和27年頃、文化の中心はラジオと新聞でしたが、山間の山江村では各家庭にまでは普及していませんでした。そのような時代に、細い鉄線を延長し、電柱のかわりに孟宗竹に碍子を取り付けることで手軽に安く聞くことのできる有線放送事業段村勝之さんが始めました。役場からの連絡や歌などを電気の無い山奥にまで届けることができた有線放送はすぐに村に普及し、娯楽の無い時代の唯一の楽しみとして村民に愛されました。

九州自動車道肥後トンネル人吉抗口付近に、バス開通記念碑が建てられています。 

昭和35年6月に建立されたその碑には、バス開通以前では、山間部に位置する地域において、道路があるにもかかわらずバスの運行がなく不便であったことが記述されており、開通したことへの喜びの声が伝わってくる内容となっています。

昭和40年代、山江駐在所に熊本北署で剣道の指導をしていた駐在官が赴任したことが話題となり、役場で参加希望者を募って、駐在官に指導を依頼し、全員初心者の剣道教室が始まりました。

 丁寧な指導が続けられ、15人ほどで始まった役場剣道部は、人吉球磨剣道連盟に加入、郡民体育祭にも出場します。少年剣道も「錬心館」(旧山田小体育館)で多くの小中学生が鍛錬に励み、有段者を輩出するなど、相撲、柔道と並び村の武道として普及していきました。